手を洗った直後なのに、なんかまだ汚い気がする瞬間、ありませんか。
あれ、私は毎日起きます。
だから外出中、私はずっとニトリル手袋をしています。
買い物、レジャー、関係ありません。玄関を出たら装着、家に着くまで外さない。もう何年もこの格好です。
結論から言います。素手で外に出るのをやめたら、外出そのものがだいぶラクになりました。
今日はそこにたどり着くまでの話をします。
以前の対策は、水ポリタンクとポピドン石鹸でした
少し前まで、私の車のトランクには蛇口つきのポリタンクが積んでありました。
キャンプの給水用にありそうな、あれです。それと携帯用のポピドンヨード石鹸。
外出先から帰ってきたら、車に着いた瞬間にまず手を洗う。トランクを開けてもらい、養生をして買い物袋を置いた後、念入りに手を洗っていました。
ポピドンのあの消毒液の匂いの石鹸を泡立てて、隅々まで洗って、水で流す。
この儀式が終わって初めて、「今日の外出は終わった」と思えました。
でも「洗う」って、結局は事後処理なんですよね。
触った事実は消えません。
石鹸で流して、水で流して、「たぶんもう大丈夫」と自分に言い聞かせる作業。
この「たぶん」が、いつまでも引っかかるんですよね。
触った記憶のほうが、洗い流した実感よりずっと強く残るんですよ。
それに濡れても良い地面を探して駐車して、地面の水跳ねを気にしながら慎重に洗うってのは負担でした。
わかる人には、わかると思います。
水がなくなったら詰む、に耐えられなくなりました
一番怖かったのは、水切れです。
外出先で手を洗おうとして、ポリタンクの中身が空。汚れた手のまま、洗う手段がないまま外にいる時間が発生するんです。
この絶望、経験した人にしかわからないと思います。ずっと手が汚染されたままで何も触れない・・・
頭では「大丈夫、家に帰れば洗える」とわかっているのに、体が全然納得しません。
忘れ物をしたときも同じです。石鹸を家に置いてきた、補充を忘れた。
管理する道具が多いほど、失敗する確率も上がる。当然ですよね。
守るための装備に、逆に振り回されている状態だったんです。
買い物に行くだけなのに、水を運んで、切らさないよう管理して、忘れずに積んで。
準備の時点ですでに一仕事なんですよ。だんだん、それ自体がダルくなってきました。
そこで、発想を変えました。
「触れたあとに洗う」んじゃなくて、「最初から触れなければいい」。そう考えたら答えは単純でした。
ニトリル手袋です。医療現場でも使われている、あの薄い手袋。
これをつけていれば、ドアノブもレジのカゴも、直接触れることがありません。汚染は手袋の表面で止まる。素手には届かない。
ネックは一個だけでした。他人の目です。
でも冷静に考えたら、そこさえクリアすれば最強のアイテムなんですよ。
水を運ぶ必要なし、切れる心配なし、忘れてもポケットに予備を突っ込んでおけば済む。
合理性で言ったら圧勝でした。
変な目で見られる?もうそんなん気にしていません
最初は正直、恥ずかしかったです。
夏に手袋、目立ちますよ。レジの店員さんの視線、一瞬手元をみる。
すれ違う人にもチラ見される。
手袋越しに小銭を渡すとき、店員さんが一瞬固まる、あの空気も知っています。
強盗と間違われてないかな、と本気で心配したこともあります。
でも今はもう慣れました。
というか、慣れたというより開き直りました。
だって考えてみてください。見た目の恥ずかしさと、汚染させずに外出できる自由。
天秤にかけたら、答えなんてとっくに出てるじゃないですか。
この快適さを知ってしまってから、買い物のときも、たまの外出のときも、常にこの手袋です。
外に出る=手袋、がセットになっている。今さら恥ずかしさとか、もうないです。ゼロです。
ちなみに電車やバスは、もう何年も乗っていません。
それくらい外出のハードル自体が高い人間なんです。その状態でも、買い物やちょっとした外出にはギリギリ出られている。
手袋のおかげで、その頻度がなんとか保てている部分もあります。
変な目で見られても、外出できているほうが勝ちです。
「気にしすぎ」って、よく言われるんですけど
手袋の話をすると、たまに「そこまでしなくても」って言われます。
でも、世の中って普通に汚いんですよ。ドアノブも商品もスーパーのカゴもお金も、誰が何を触った手で触れたのか、想像するだけでゾッとします。
それを「気にしすぎ」って呼ぶのは、汚い側がデフォルトで、気にする側がおかしいっていう前提が先にあるからだと思うんです。
私はその前提には乗りません。
見えているものを見えている通りに受け止めているだけです。
汚い世界のほうに、私が勝手に合わせてやる義理はない。
だから手袋をつけます。
大げさな行動じゃなくて、色々試した中で最強の防御アイテムだから。
洗うのと、汚染させないのとでは、気持ちが違う
手洗いは大事です。でも結局、洗うのは事後処理。
汚染は一度成立していて、それを落とす作業ってことになります。
落としたつもりでも、「つもり」でしかない。本当に清潔になったかは、誰にもわからない。
ニトリル手袋は事前防御。
そもそも汚染が発生しません。手はずっとそのままの状態を保っている。
この精神的な違いは、めっちゃ大きいです。
「洗ったから大丈夫」と自分に言い聞かせる工程が、まるごといらなくなるから。
買い物中、手袋を外すまでは何を触っても平気です。
カゴも、商品も、レジのお金も、他の客が触ったであろう棚も。全部気にせず触れます。
手袋という一枚の膜が、外の世界と私の手の間に入ってくれている。それだけで、買い物中の緊張がまるで違います。
外したあとの手は、最初から守られていたことになる。洗う必要すらありません。この安心感、ポリタンク時代には一度も得られなかったものです。
まぁ、それでも気持ち悪いんですけどね。
手袋選びで大事にしているのは、サイズだけです
細かい作業をするわけじゃないので、ピチピチのフィット感はいりません。むしろ少しユルめのほうが着け外しがスムーズです。ピチピチだと脱ぐときに手間取って、その間にあれこれ触ってしまう。
メーカーは正直こだわっていません。
何度も何度も、ちょっと使っては捨てる消耗品なので、安さ勝負。
ワンサイズ大きいくらいでちょうどいい、というのが今のところの結論です。
一個だけ絶対に避けているのは、極端に安い長期在庫品と、使用期限切れの商品です。
ゴム製品なので、古くなると劣化します。
すぐ破れたり、粗悪品だと最初から薄い箇所や小さい穴が空いていることもある。
汚染を防ぐためにつけている手袋自体に穴が空いていたら、本当に笑えません。
安さだけで選ぶと、安物買いの汚染直行になりかねない。ここだけはケチりません。
買うのは主にAmazon、あとはYahooと楽天です。
数千枚単位で箱で買って、倉庫に数ヶ月保管してから使うように徹底しています。
業者並にあるので、外出のたびに残数を気にすることもなくなりました。
正直に言うと、この手袋がなかったら、買い物すら諦めていたと思います。
たかが薄いゴム一枚です。
でも私にとっては、その一枚があるかないかで、外に出られるかどうかが決まる。安っぽい手袋一枚に人生の可動域を左右されているの、我ながら笑えますが。
見た目は変人です。
わかっています。それでも、汚染させない安心には代えられません。
今日も手袋をポケットにたくさん入れて、出かけます。
以上です。
今日も最後まで読んでくれてありがとう。

